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  • 2013.11.25 Monday
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切腹

何かひまだったんで切腹について調べてみた。魔法の箱は便利だ。

日本で最後に切腹したのは三島由紀夫じゃないかと思うんだけど(たしか1970年)、成立って言うかポピュラーになったのっていつぐらいなのかなあ、鎌倉時代ぐらい?と思って調べたら、平安時代の武士の自殺方法として始まり、源平合戦の頃に大流行。鎌倉幕府の頃には武士の自殺=切腹になったそうです。ちなみにこの頃から十文字切りがあったそうです。っていうか最初は十文字切りがポピュラーだったんだって。

切腹って一文字に切るものが普通で武智半平太が三段切りしてあっぱれとか言われていた。でも腹って切ってもなかなか死ねないそうです。内臓をぶちまけるぐらい深く切っても失血死するまで結構かかるみたいでスゲ〜苦しいみたいです。「憂国」の描写を読むとすごい苦しそうで、辛そうで、じぶんでこんなん書いといてよくもまあ腹を切ろうなんて思ったよなあ三島由紀夫。ちなみに源義経も切腹して果てましたがかなり長く苦しんだという文献がのってました。昔は介錯が無かったので最初の一文字ではあまり深く切らずに次の縦に水月に刺すほうで絶命するのが楽だったみたい。十文字に切った死体は内臓は出てないのが多かったみたいです。ふむふむ。
戦国時代の武士とかは、腹を切って自分の内臓を投げつけて死ぬとかが良いとされたみたいですが、江戸時代になるとそういうのは「無念腹」といって嫌われたそうで、よく時代劇とかで見るあさのたくみのかみのお白砂切腹シーンみたいになっていったみたいです。

なんでかっていうと〜切腹というのは「武士だから本当は斬首刑のところをお情けで自殺させてやる」という性質のモノなので、潔く死なないとお上に不満があるの?ってことになって残された一族郎党が困るからなんだって。んで江戸期の切腹には色々種類が出来たそうで、追い腹、義腹、論腹、商い腹、つめ腹(これは今も使う)、あと扇子腹とか。

追い腹、義腹は衆道関係や主君が死んだときに後追いで家臣やらが死ぬこと。論腹は世間体で切腹すること。商い腹は自分の切腹によって子孫の繁栄をねらって切る。つめ腹はまずいことがあって外聞、体裁を保つために責任取らされる形で貧乏くじ引いた人の切る腹。などなど。切った後に色々死に方を言われるためにこういう言葉が出来たのであろう。そう思うともはや「文化」っぽい。扇子腹というのは短刀や脇差を扇子に置き換えて結局介錯の人に斬首させるっていうものだ。そういう必要があったから生まれたのであろう。

んで〜切腹というのは明治3年改定律令で禁止されるまで続いたそうですが、その後も乃木希典や大戦の敗戦した将校などは切腹して死んだりしてたそうです。

しかしなんで「腹を切る」ようになったのであろう?確実に楽に死ぬには頚動脈とか心臓を突くほうがらくだと思う。ただ単に自殺するのならそうなんだけど、腹を切るという行為は「身の潔白を示す」的な意味があったのではという文献もあった。あと「腹」には魂的なものがあるという感覚があったみたいです。うむ〜腹を割って話すとか腹黒いとかそういう言葉もあるしな。

んでバイト先の男の子に「切腹しろっていわれたら、やる?」ってきいたら「いやです絶対やりません!!」って言ってたけど「みんなやってたら?どう?誰でもやれっていわれたらやることになってたら?」「…う〜ん、やる…かも?」

もし切腹するんだったら介錯人がすげえうまい人だといいな。

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  • 2013.11.25 Monday
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  • 00:56
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コメント
切腹ですか・・・
中学生のころに血判に憧れて、いつかヤル時の為に練習しておこうと思い、人指し指の腹をナイフでチョコット切ってみようとしたんですが出来なかったことを思い出したよ。
ヘタレな私は扇子腹がいいなー。
  • さくや
  • 2007/06/05 12:47 AM
そうだね、上手い介錯人だと首の皮一枚残して切断して首が飛ばないようにしたらしい。逆に下手な人だと悲惨で三島由紀夫の介錯は2回くらい失敗してやっとこさって感じだったみたいよ。首の骨の間をスパッと切るなんて相当の手だれじゃないと出来ないよね。でも上手く切れればたぶん苦しみは無いと思われます。

しかし血判に憧れるって…いつ何をヤル気だったのか
  • sabi
  • 2007/06/05 2:57 AM
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介錯介錯(かいしゃく)は切腹するに際し、腹を切る時の痛みを軽減するために対象者の首を刀で刎ねる動作を言う。実際には、扇子などで切腹する動作を真似ただけで介錯するなど、腹部に傷を付けることなく施すことがあった。介錯には切腹に限らず世話をするという広い意
  • 日本の文化を学ぶ。
  • 2007/09/29 12:06 PM
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